【ロック闇歴史】「死のディーラー」に魅入られてしまった3人のセレブ美女たち

【ロック闇歴史】「死のディーラー」に魅入られてしまった3人のセレブ美女たち

プレイボーイとしても有名だった「ジャンキー伯爵」がキース・リチャーズの協力で乗り出した、ロンドンでの美女狩りの成果とその顛末についてご紹介する第二弾です。

ジャン・ド・ブルトゥイユの華麗なる女性遍歴?を中心に、前回書き切れなかった分を補足としてこちらに書いてます。彼と関わったセレブ美女たちのくわしいプロフは記事の後半で。

「彼の行くところ必ず誰かが命を落とす」という実績から「死のディーラー」と呼ぶことにしました。

1971年夏、心機一転してロンドンで再出発

このシリーズが思いのほか長くなってしまったため、前回の記事「【ロック闇歴史】キースも共犯?!ジャンキー伯爵のセレブ美女狩り」に収まりきらなかった分をあらたな記事としてこちらにまとめました。

前年1970年に起こった「ジャニス・ジョプリンのオーバードース急死事件」への関与を疑われてアメリカでの立場が危うくなったブルトゥイユは、そそくさと国外逃亡して拠点をヨーロッパへと移します。

(ここまでのいきさつは下のリンク記事で紹介中)

1971年の夏にブルトゥイユはビジネス拡大のためロンドンで多忙な日々を過ごすことになりますが、その裏にはキース・リチャーズの存在もありました。

キースに贈ったスペシャルなギフトのおかげで彼の兄弟分?にも等しい関係を持てたブルトゥイユ(下)は、キースが南フランスでストーンズのレコーディングに勤しんでる間は「ロンドンにある彼の別宅を自由に使うように」というありがたい申し出を受けます。

この機を利用して新たな顧客獲得へと乗り出すのですが、運良くすぐ近くに住んでいたタリサ・ゲティ、マリアンヌ・フェイスフルという2人の大物セレブ女性を活動の成果としてほどなくゲット。

別居中とはいえタリサには大富豪の夫が、ミック・ジャガーの元カノだったマリアンヌにはストーンズ関係者というおいしいバックが控えていたので、ブルトゥイユにとっては願ったり叶ったりの大収穫だったに違いありません。

しかし彼にとって彼女らは恋人としてよりも彼のビジネス戦略に必要なツールであり、そのうえ顧客としてヘロインも買ってくれるというカモネギな存在でしかなかった印象ですが、結果的にタリサはヘロインで命を落とすという悲惨な結末に。

すでに長年いい加減な愛人関係を続けていたパメラ・コーソン(ドアーズのジム・モリソンのカノジョ)を含めると、この時期のジャンキー伯爵はこの3人の年上美女たちとの同時進行な関係+売人活動と、多忙な日々を送っていたのでした。

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ブルトゥイユの人物像と3人の年上セレブ美女たち

彼の人となりを語るようなエピソードがあまり残っていないので限られた情報に頼るしかないんですが、一部では「特権階級意識がものすごく、偉そうでアグレッシブ。すぐに暴力に走るという噂もある」という評価もあります。

まあ、予想通りといえばそれまでですが、「カネと権力をかさに着たモンスター」の典型みたいな人だったということは容易に想像できますね。

女性に対しては基本的にはレディファーストだったようですが、何かあると突然豹変して暴君になるタイプだった可能性もありそうです。

実際にブルトゥイユにとって女性たちは「狙う本命」に近付くための単なる踏み台でしかなく、同時にヘロインの顧客として彼のフトコロを潤すためのカモと、二重に利用されていた印象を受けます。

下はジャンキー伯爵の華麗なる女性遍歴?ですが、この3人とはほぼ同時期にそれぞれ適当な間を置きながらシャフル状態で付き合ってたみたいです。

しかし、この3人の中の2人がヘロインが原因で数年後には人生を終えることになるとは悲惨すぎ・・・

今回の記事の補足として下の記事もどうぞ。

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パメラ・コーソン

パメラ(Pamela Courson、1949-74)はザ・ドアーズのジム・モリソンの内縁の妻ともいうべき存在で、ジムにとってはd生涯のパートナーでありミューズでもあった女性です。

ジムがドアーズでデビューしたばかりの頃からの長い付き合いで「ソウルメイト」として特別な絆で結ばれてはいましたが、常に波風が絶えず波乱の多い関係でもありました。

そんな感じだったので彼女はジムと並行してブルトゥイユとは何年もの間くっついたり離れたりといういい加減な三角関係を続けていたのと、彼の影響で日常的にヘロインを常用するほどのジャンキーだったことは当時有名な話でした。

3人の中では一番ブルトゥイユとは付き合いが長かった女性ですが、正確にいつ頃からその関係が始まったのかは不明。でもブルトゥイユが1967年にアメリカに来て間もない頃からと言われています。

「本物のフランス貴族と付き合うこと」で自分に箔が付くことと、ブルトゥイユを通して触れるおフランス上流社会のキラキラな世界にすっかり酔わされてしまったひとりです。

1971年にジム、翌年にブルトゥイユが立て続けに亡くなってからもヘロインはやめられなかったみたいで、1974年7月(ジムの急逝の3年後)に同じくヘロインのオーバードースで死去。単なる偶然か享年はジムと同じ27歳でした。

「ブルトゥイユはいつも彼女をプリンセスのように扱い、極上の体験と共に十分すぎるほどのヘロインを提供していた」と伝えられていますが、それはひとえに彼女の後ろにはスーパースターでミリオネアでもあるジム・モリソンの存在があったからこそでしょうね。

パメラはジムの死とブルトゥイユの関与について真実を知る唯一の人物でしたが、沈黙を守ったまま他界してしまったため、ジム・モリソンの死の真実は「半永久的に闇の中」に・・・

タリサ・ゲティ

ブルトゥイユがロンドンでの販促活動?を始めるにあたって、一番最初に目を付けたのがタリサ(Thalisa Getty、1940-71)でした。

いちおう人妻ではありましたが、当時は夫とは別居中でブルトゥイユの目と鼻の先に住んでいました。

彼女の方がひとまわり近く年上でしたが二人はほどなくして不倫関係になり、同時におクスリの上客にもなってくれたので彼の思惑は大成功といったところでしょうか。

タリサ in マラケシュ

CC BY-SA 4.0, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=76295133

タリサは1940年生まれのオランダ国籍の美人女優/モデルで、大富豪の妻でもあった人。

インドネシアのジャワ島出身で、戦時中は日本軍の捕虜収容所で過ごしたことがあります。戦後はイギリスへ移住して女優やモデルとして活躍。独身時代の「タリサ・ポル(Pol)」の名で紹介されていることもある。

’60年代のファッション・アイコンでもあり、ごく若いうちからその美しさは数々の著名人によって称えられてきました。

ちなみに、最近若い女性の間で流行ってるボヘミアン調の「ボーホーシック(Boho-chic)」なファッションは彼女がオリジナルという説もある。

上の画像はマラケシュで撮られた有名な作品で、後ろに立ってるのが夫のジョン・ポール・ゲティ2世(ゲティ石油の御曹司で大富豪)。

1971年7月に別居中だった夫とヨリを戻すためにローマへと出向きますが、その2日後に原因不明の謎の死を遂げています。公式な発表では自然死とはなっているものの、実際はヘロインのオーバードースによるものだと言われています。

大富豪の夫を持ったがゆえにブルトゥイユの餌食になってしまったとしか・・・

マリアンヌ・フェイスフル

タリサの次に目を付けられたのは、ミック・ジャガーの元カノとして有名なマリアンヌ(Marianne Faithful、1946-)です。今回取り上げた3人の中で2024年現在も存命中なのは彼女ひとりだけで、今は70代後半になっているはず。

ブルトゥイユと出会ったときにはミックとの仲は終わっていましたが、引き続きロンドンの彼の家には住んでいました。ブルトゥイユの家(実際にはキースのものだったが)の数件隣りだったことが彼と近づくきっかけに。

初対面はタリサ・ゲティの家のパーティで、彼に対する第一印象ははっきり言ってうさん臭さを感じるレベルだったものの、いつの間にかくっつくことに。

とはいえ、実際に関わってみたところでマリアンヌにとっては「単なるセックスとドラッグの関係」でしかなく、「彼はドラッグをたくさん持っていたから付き合っただけ」と冷めたコメントを残しています。

この頃は彼女もまだおクスリから足を洗えずにいた時期だったと思いますが、その影にはブルトゥイユの影響があったからに違いないと今気づきました。

彼女は1971年に起こるジム・モリソンのパリでの急死事件とも関わっていて、「あれは売人だったブルトゥイユの初歩的なミスによる事故で、殺意のようなものはなかった」と2014年になってから事件についてカミングアウトしています。

死後30年以上経てから明らかにされた「ジム・モリソンの死の真実」とマリアンヌの証言についてはあらためて記事にまとめようと思ってます。

この界隈、闇が深すぎてひとつの記事にはとても納まりきらない感じです^^;

【補足】マリアンヌの近況(動画リンクあり)

ちょっと前の話になりますが、彼女は2006年に公開されたソフィア・コッポラ監督の映画「マリー・アントワネット」にマリーの母親のハプスブルグの女帝、マリア・テレジア役で出演していたことがわかりました。

80歳にも近くなった現在では健康面があまり芳しくないようで、数年前には海外公演がキャンセルされたりもしています。もともと持病持ちで長い療養生活を送っていたこともあるので、ちょっと心配なところではありますね。

下は映画の切り抜きショートバージョンなのでセリフはなしですが、0:40あたりにちらっと出てくる黒いドレスの女性がマリアンヌです。

ps 最後の方に出てくる「カツラを脱いだフランス国王」がキース・ムーンの面影と重なってしまうのはワタシだけでしょうか^^;

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【まとめ】女性にとっては「不幸と災難をもたらす男」でしかなかった・・・

1970年の「ジャニス・ジョプリン謎の急死事件」の関与を疑われアメリカでの立場が危うくなったことを悟ったジャン・ド・ブルトゥイユは、国外逃亡して拠点をヨーロッパに移します。

ほどなくしてキース・リチャーズの協力を得て乗り出した、1971年夏のロンドンでの「セレブ美女狩り」ではタリサ・ゲティ、マリアンヌ・フェイスフルの2人をゲット、そして彼とは長年の愛人関係にあったパメラ・コーソンを入れた3人の美女たちのエピソードをご紹介しました。

彼のスキームは女性を「愛人+顧客+販促ツール」として何重にも利用するというものでしたが、上の3人のうちの2人はまだ若いうちにヘロインで人生を終わらせるという悲惨な結末を迎えることになりました。

・タリサ・ゲティ—-1971年、ジム・モリソンの死の2週間後。享年30歳。
・パメラ・コーソン—–1974年、享年27歳。ジムの死の2年後に偶然なのか彼が死んだのと同じ歳で死去。

そのブルトゥイユ自身も1972年7月にヘロインのオーバードースで命を落としています。2024年現在も存命中なのはマリアンヌひとりだけです。

今回の記事の補足として【ロック闇歴史】キースも共犯?!「ジャンキー伯爵」のセレブ美女狩りも併せてどうぞ。

歴史の闇に消えたジャンキー伯爵ネタはさらに続きます。お楽しみに♪

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とりぞう